第2回 団内トレーナーの役割

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 私はこれまで、自身の大学オーケストラ、他大学の有志で集まる合同オーケストラなどで合奏トレーナーを務めてきました。またシュロスでは奏者として立ち上げから参加していましたが、第3回定期演奏会よりトレーナーとしても参加することになりました。決してトレーナーとしての経験が多いわけではありませんが、これまでに合奏指導してきて考えてきたこと、葛藤してきたこと、また奏者として様々な指揮者と共演して気づいたことなどを書いていきたいと思います。あくまでもアマチュアの主観ですので、考えが甘いところや足りないところもあるかと思いますが、私の個人的な意見として捉えて頂ければと思います。 

 トレーナーとして何をするべきかと考える上で、私が1番意識していたことは、「本番を振る指揮者とどう役割を区別するか」でした。指揮者とトレーナーは、どちらも合奏で前に立って指揮棒を振り、出た音に対して改善点を指導する点では共通しています。しかし、役割の違いが明確でない場合、奏者は何を基準に曲作りをしていくのか混乱してしまいます。そこで私はまず、指揮者とトレーナーのそれぞれの定義を自分なりに考えることにしました。

 指揮者とは、本番の指揮を振る人です。一般的にはプロを呼びます。演奏に関する全ての方針を決める権限を持っています。細部に至っても、指揮者自身の好みや解釈を存分に入れ込み、そのオーケストラと指揮者の融合でしか表現できない演奏を提供することができます。団員が演奏で表現したいことがあった場合相談はできますが、最終的には全て指揮者が決め、決定されたらその方針に従うことが求められます。つまり指揮者とは、演奏に関する全ての最終決定権を持っている人といえます。

 対してトレーナーは、本番を振りません。指揮者が来られない練習日に合奏指導をします。そのため指揮者の代わりとして指揮棒を振ることになるのですが、本番の指揮者と全く同じように振る舞う訳にはいきません。私はある時期まで、指揮者ではないのならトレーナーとして何をするべきなのかがよく分かっていませんでした。しかし、トレーナーがいつまでもやるべきことが分からないまま続けていてもオーケストラの演奏レベルは上がらないため、一度立ち止まってトレーナーの役割とは何か、指揮者と何を区別するべきなのかを考えることにしました。

 その結果、自分なりに考えたトレーナーの役割とは、以下の3点です。
   1.音作り
   2.楽譜通りの演奏
   3.根拠がある指示
 それぞれ1つずつ見ていきます。

音作り

 私がまず指揮者とトレーナーの違いについて考えたことは、プロとアマチュアの練習回数の違いです。プロオーケストラは本番までの練習回数はせいぜい1-3回なのに対して、アマチュアオーケストラは月に2-3回の練習を半年以上かけて仕上げていきます。この違いが出る理由は、当然ながら奏者の質です。1人でリサイタルを開けるようなレベルの奏者が、何十人も集まって構成されているのがプロオーケストラですので、どんな曲でも、どんな指揮者でも、すぐに対応することができるのは当然のことといえます。対してアマチュアオーケストラは趣味で楽器をやっている人の集まりですので、楽器経験の長さも違えば練習にかけられる時間も違うため、人によって演奏レベルはバラバラです。そのため、演奏会までにオーケストラとしてのまとまりを作るのには相当な時間がかかります。逆に、アマチュアでも全ての奏者がプロ並みに演奏できる人が集まっていれば、少ない練習回数でも演奏会が開けるということになります。つまり、「練習回数の違い=奏者の質」と言い換えることができます。奏者の質がもともと高ければ、指揮者本来の役目である。表現や音楽性のみをリハーサルで追求すればいいことになります。奏者としての基礎ができていないアマチュアの場合、指揮者が奏者の音作りから練習で始めてしまうと、本来の指揮者として行うべきことができないまま本番を迎えてしまうことになりかねません(しばらくシュロスはこのような状態が続きました)。トレーナーは、指揮者が指揮者の役割のみを果たせるようにするため、その前段階である音作りを担っていくのが使命だと考えています。

 プロ奏者はプロオーケストラに入るまで、音大で専門的な教育を受け(中には音大出身ではない方もいますが)、オーディションで狭き門を通り、プロオケに入って生計を立てています。そのため、楽器奏者としての基礎を十分に習得しています。アマチュア奏者では、人によってどのような音楽教育を受けたかが大きく異なります。ピアノを習っていて、基本的な音楽知識がある人、吹奏楽経験者である程度合奏の合わせ方が理解できている人、楽譜も読めない状態で大学から楽器を始め、先輩から教えてもらったことが全てだという人など、様々な奏者が集まっているのがアマチュアの特徴です。そのため、アマチュアオーケストラとしてある程度の合奏レベルに到達させるためには、個人個人で「いい音の出し方」を基礎から習得してもらい、オーケストラ全体の音作りをすることが必要だと考えました。

 音を作るためには、楽器で音を出すための要素を分解して考える必要があります。例えば管楽器であれば、息の使い方です。息の使い方には早さと量があります。息の早さが早ければまっすぐな音色、遅ければ柔らかい音色、量が多ければ大きい音量、少なければ小さい音量の音がそれぞれ出ます。また、それぞれを組み合わせることで曲の場面に合わせた音色を作ることができます。例えば、早く多く息を出せば、しっかりと伸びる音色で大きい音が出ます。遅くゆっくり息を出せば、柔らかい音色で小さい音が出ます。また、遅く多く息を出せば、柔らかい音色で大きな音が出ます。他にも、マウスピースへの唇の圧力、構え方、ホルンで言えば右手の扱い方、金管楽器のベルの向き、木管楽器であればリードの質など、出る音に影響が出る要素は多く存在します。弦楽器であれば、管楽器でいう息は弓を持つ右手の使い方に置き換えることができます。弓の動かすスピード、圧力、弓を使う範囲などを組み合わせることで、音量や音色などを場面によって使い分けていきます。

 このように、楽器ごとの音を出すために必要な要素を理解しておくと、合奏で指摘をするときに具体的な指示を出すことができます。指揮者であれば、「重く」「軽く」「緊張感を持って入る」などの抽象的な表現でもいいですが、トレーナーの場合は、指揮者の表現したいことを音の出し方として言語化して的確に指示していくことが必要です。先ほどの例で言えば、「重く」は、「音符分出した音の音量を変えない」「弓の根元で、弦と弓の圧力を高める」、「軽く」は、「タンギングを口先だけにする」「弓幅を狭く、弓先で弾く」、「緊張感を持って入る」は「直前のブレスを早く吸って、一瞬止めて次の音を狙う」など、具体的な演奏に結びつける言い回しになるように気をつけていました。

トレーナーが抽象的な表現ばかり使って合奏をしていると、いつまでたっても合奏の基礎レベルが上がっていきません。息をどう使うべきか、弓をどう使うべきか、どのような場面はどんな音にするべきかなどの基本的な実力をつけていくことがトレーナーには求められます。音作りがうまくいくと、いざ指揮者合奏になったときに、どんな指示が飛んできても対応できるようになります。そのため、指揮者が指揮者としての役割を果たすためにも、まずは何よりも音作りが必要です。トレーナーは、オーケストラの音作りをするためにはどうしたらいいか、何を学べば音作りに反映することができるのかを、追求し続けていくべきだと考えています。

楽譜通りの演奏

 私はトレーニングの際にいつも口を酸っぱくして「楽譜通りに演奏して下さい」と再三に伝えてきました。当たり前のことを言っているかもしれませんが、楽譜通りに演奏すると一言に言っても、実はアマチュアオーケストラにとってはかなり大変なことです。

 200年以上も前に作曲された曲を、現代で変わらず演奏できるのは、楽譜が残っているからです。当時の作曲者が、「このように演奏してほしい」という想いは、楽譜上に書いてある情報のみで後生に託すことができます。楽譜に書かれている情報は少ないように見えて、実は多岐に渡ります。私自身も趣味で作曲をしますが、自分で思い浮かんでいる演奏イメージを、楽譜上の限られた表現方法の中で書き表し、演奏してくれる人に自分の意思を伝えなければいけないので、かなり難しい作業であると身を持って実感しています。音符一つにとっても、音の長さは「♩」がいいのか「♪」がいいのか、アクセント・テヌート・スタッカートをつけるべきか、スラーはどの音までつなげるべきか…全て自分の感性で判断しなくてはいけません。書いた後しばらく経ってから、やっぱり表現を変えたいと思うことは日常的にあり、作曲者によっては第○改訂版のように何度も改訂を重ねて、後生に演奏する人たちの解釈を悩ませている作曲者も数多くいます。このように楽譜は作曲者の意思が全て入ったものであり、演奏する側は楽譜の中から作曲者の意思や本当に伝えたかったことは何かを、見いだしていくことが必要です。アクセントなどの記号1つ書くにしても、オーケストラのように複数楽器が必要な編成であれば、20-30段のスコアに同じ記号を全ての楽器パートに手書きで書かなければなりません。相当な労力だと思います。そのため1つ1つ書かれた記号や音符に意味がないはずがないと考えなければいけません(そうでないとわざわざ大変な思いをして書かないと思います)。そのため、トレーナーはまずはオーケストラの音作りをすると同時に、演奏する曲のスコアを隅々まで見て、何がどこに書いてあるか把握し、作曲者の意思や意図を正確に理解することが必要です。そして、作曲者が遺した唯一の手がかりである楽譜に書いてあることを、正確に音で表現することが、作曲者に対する最低限の敬意であると思います。楽譜に書かれている以上の表現方法や解釈を加えることは、指揮者の仕事です。まずは楽譜に書かれていることを抜け漏れなくオーケストラの音に落とし込み、作曲者が期待した状態に近づけていくことが、トレーナーの最も基本的であり、かつ最も重要なことであると私は考えます。楽譜通りに演奏できていれば、指揮者からどのような指示があっても対応することができます。トレーナーが楽譜に書かれていない独自の表現や解釈を練習で披露しているようでは、その方はトレーナーの役割をはき違えていると言わざるを得ないでしょう。

根拠のある指示

 指揮者とトレーナーでは、合奏の際に指示する内容が異なります。指揮者は楽譜に書かれた内容を元にして、独自の感性や解釈を加えていきます。楽譜に書かれていない個人的な好みを入れても問題ありません。そのため、指揮者が変われば作られる音楽が大きく異なるのは当然です。

 一方トレーナーは、基本的な音作り、楽譜通りに演奏させることが求められます。トレーナーが指示をする際に必要なのは、楽譜・楽典・一般的な演奏スタイルに基づいて、指示を出すことです。「ここはこのようにして下さい」と指示を出す際は必ず、「なぜなら」が答えられる必要があると考えています。「ロシアの作曲者の曲なので、この場面の四分音符は音符分まっすぐ伸ばして下さい」、「和音進行がこの小節で解決するので、それまではこの楽器のぶつかった音が強調されるようにして下さい」、「全体はpですがオーボエだけはmpなので、全員オーボエが聞こえる程度の音量まで下げて下さい」…など例を挙げればキリがないですが、個人的な好みによる指示ではなく、根拠を持った指示を出すことが奏者にとって理解しやすいと思います。少なくとも私はこのような指示になるように気をつけてきました(どうしても自分が好きな表現をしたいことがあれば、「自分の好みです」と宣言します笑)。そのため、どんなオーケストラでどんな曲をトレーニングする際も、言うことはほぼ同じです。奏者側も言われることが同じだと、どんな曲でも段々応用できるようになっていきます。こうしてオーケストラとしての演奏レベルが上がっていくのだと考えています。何度も言いますが、解釈を入れるのは指揮者の仕事です。トレーナーは、楽譜や楽典を根拠に、オーケストラの音作りや曲作りをしていくべきです。

 練習期間中に団外から客演トレーナーに練習を見てもらうことがあります。この際客演トレーナーにとって難しいのが、「指揮者の言っていることと違った」と言われないような練習をしなければいけないことです。1回か2回しか練習に来ない客演トレーナーが、楽譜以上の解釈や個人的な表現を入れてしまうと、団員は混乱してしまいます。そうならないような基本的な指導をするため、団内トレーナーであっても客演トレーナーであっても、音作りや楽譜通りなどの根拠に基づいた指示をして、本来の指揮者が振るためのベース作りをすることが必要であると思います。

以上3点が、私が考えるトレーナーとしての役割です。

 いつも練習後は、「もっといい練習が出来なかっただろうか」「指摘した内容は適切だっただろうか」と、自問自答しています。奏者の方には悪いのですが、正直言って今まで自信を持って100点満点のトレーニングができた練習日はありません。毎回練習後に一人反省会です。演奏の善し悪しは、団内トレーナーの責任です。正直かなり責任やプレッシャーを感じます。しかし、自分の努力の成果によってオーケストラ全体の音が良くなった時は、大きな達成感があります。奏者としてオーケストラの一員で演奏しているのとはまた違った感情です。きっと団内トレーナーをやられている方は、大変だったけど頑張ってやってよかったと、身をもって感じて頂ける瞬間があるのではないかと思います。この記事を見て少しでもトレーナーの進むべき方向性ややりがい、または悩みなどの参考にして頂き、自身の所属団体の活動に活かして頂ければ幸いです。

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