第1回 選曲について

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 演奏会を開く上で大きなテーマとなるのが、「選曲」です。作曲者が誰か、交響曲何番か、誰がソリストのコンチェルトなのか…選曲によってお客さんの興味、奏者の集まり具合、演奏の完成度など、アマチュアオーケストラにとっては演奏会が成功するかどうかの極めて大きな要素となります。今回は演奏会の選曲について、トレーナーとして何を考えながら決めてきたのかを書いていきます。
 演奏会のプログラムを決める上で考慮したのは、以下の4点です。
   1.集客
   2.奏者側の人気
   3.演奏技術の向上
   4.オーケストラとの相性
 それぞれ1つずつ見ていきます。

集客

 アマチュアオーケストラはプロとは違い、詳しい方以外はそれぞれのオーケストラごとの特色が分かりにくいと思います。○○大学のOBが中心、○年度卒の他大学同士の同期が設立…など様々なアマチュアオーケストラが存在します。それぞれ演奏レベルや選曲の傾向、指揮者の好みなど、オーケストラごとの特徴があり、一般の人は何を基準に聴きに行くか判断に迷うことがあるかと思います。このような場合大きな判断材料となるのは、「何の曲を演奏するのか」ではないでしょうか。「たまたま見たチラシに自分の好きな曲がやる演奏会がある」「オーケストラの名前は聞き慣れないけど、曲が好きだから行ってみよう」となる人がいるのは容易に想像できると思います。プロであれば、昔から地元に根付いたオーケストラのファンで、年間何回もある演奏会に通うというのはよくあると思いますが、アマチュアの場合だと最初のとっかかりが難しいのでは、と思います。

 プロのようにオーケストラが仕事ではなく、オーケストラが好きだからわざわざ休日に時間もお金もかけて練習に来るのがアマチュアなので、自分たちの好きな曲ばかりやることもできると思います。しかし、自分たちの好きな曲はお客さんの好きな曲ばかりとは限りません。せっかくの年1回の大イベントを企画し、少しでも多くの人に練習の成果を聴いてもらいたいため、自分たちの好きな曲とお客さんの聴きたいと思われる曲のバランスを考えることが必要ではないかと思います。ただ、これまでの話は運営する側の目線で、一参加者としてはその限りではないと思ったこともあります。これまで参加したことのあるアマチュアオーケストラの1つは、毎年マイナーな曲が中心で集客のことはあまり考えていないようでしたが、根強いファンは多く、団としてもかなりの演奏技術があるため団員の満足度は高く、これはこれでいい形だなと思ったことがあります。シュロスのように演奏レベルが未熟なオケは、まずは活動を知ってもらうためにある程度有名な曲を選び、いちオーケストラとして認知されるようになった段階で、自分たちが本当にやりたい曲徐々にやっていくことにしました。

奏者側の人気

 当時シュロスに参加している団員の多くは20代後半で、大学で初めてオーケストラを始めた人や、大学で初めて楽器に触った人も多く、お世辞にも演奏レベルが高いオーケストラではありませんでした。その中でも、こんな曲がいつかできたらいいな、他大学の演奏会で聴いたことのある曲がやってみたい、以前やった曲のリベンジがしたい、などの声があることは把握していました。シュロスでは選曲は基本的にスタッフ内で決めていましたが、楽しくオーケストラをやりたいと思っている団員の声を無視した選曲では、団から奏者が離れてしまう事態も考えられます。足りない奏者枠はエキストラを呼びますが、奏者は全て団員で構成されてエキストラはいないのが理想です(いろいろなオーケストラにエキストラとして呼ばれ、「またいるの」と言われるような常連奏者もいます。かつて私もそのようなことがありました笑)。

 できるだけ長く団で活動してもらうためには、奏者がこのオーケストラは楽しいから毎年参加したいと思ってもらうことが重要です。また、シュロスのような小規模オケでは、楽器経験が少ない団員でもこの曲ならやりたいと思われるような曲にすることも、奏者のやる気を高める上で重要だと考えていました。

 そもそも名古屋シュロスシンフォニカは、「ブラームス作曲:交響曲第1番」をやりたくて当時名城大学の現役生が設立したオーケストラで、「いつかはブラ1!」をスローガンに設立当初から活動をしていました。私がトレーナーとして関わり始めたのは第3回定期演奏会の準備の時からですが、まずは3-5年程度オーケストラとしてのまとまりを作り、ある程度の演奏技術が高まった段階でブラ1をやろうと考えていました。私の中でのプランは、最初の4年間でシューマンの4つの交響曲を4曲を順番に全曲やり、その後ブラームスへ移っていこうと思っていました。当時から10年以上たった今考えるとなぜシューマンだったのかは自分でも謎なのですが、当時は1人の作曲家の曲を全曲やることで実力が上がると考えており、まずはなぜかシューマンを挙げたのでした。第3回定期演奏会のメイン曲をシューマン1番にした後翌年は順番通り2番にする予定でしたが、奏者からのシューマン人気がほとんどなく、演奏自体もできのいいものとは言えない結果でした(個人的にはシューマンは好きです)。しかし、サブ曲として演奏したベートーヴェン8番の奏者人気が高いことが後から分かりました。理由を聞いてみると、「ベートーヴェンの曲は確かに難しいけど、基礎から頑張って練習すればちゃんと弾けるようになる」というものでした。この話を聞いて思い出したのは、ベートーヴェンのピアノソナタはピアノの新約聖書と言われるように、基礎技術を学ぶにはうってつけであるということであり、オーケストラでも当然当てはまるということでした。それ以降、ベートーヴェンの交響曲を積極的に取り上げるようになり、いつかは9曲全曲やろうということで意見がまとまりました。残念ながら2017年の第7回以降オーケストラ活動は一旦休止状態に入りましたが、それまでの演奏会7回中4回(3,5,7,8番)ベートーヴェンを取り上げることになりました。

 このように、独りよがりに曲を決めてしまうといけないことを実感した半面、様々な演奏レベルの奏者の意見を聞いて選曲をすることで、演奏の幅を広げられるのだと感じたエピソードでした。

演奏技術の向上

 前述したように、シュロスの演奏レベルは決して高いものではありませんでした。ですので、演奏したくても技術的に困難な曲が多く存在しました。演奏レベルの高いオーケストラであればやりたい曲とお客さん人気のことを考えればいいですが、シュロスにはそういうわけにはいきませんでした。そこで、集客や奏者人気を考えると同時に、練習していく過程で演奏技術の向上に寄与できるような曲を選び、年々と実力をつけていく方針で選曲することにしました。

 第3回でシューマン1番を選び、奏者人気や演奏レベルの向上にうまくつながらなかった反省を活かして(個人的にシューマンの曲は好きです(2回目))、第4回からは選曲することにしました。第3回で取り上げたベートーヴェン8番が思いの外奏者人気があり、難しいけど練習のしがいがあるという意見があったため、第4回は思い切ってベートーヴェン3番「英雄」をメイン曲に取り上げました。第3番は演奏技術が高くて時間も長い、楽器経験が浅い団員が多いシュロスにとっては難曲でしたが、1年間力を入れて練習をすれば案外何とかなるのでないかとの想いで選曲をしました。案の定練習は困難を極め、曲としてのまとまりを作ることや細部の詰めなど、かなり曲作りに苦労した思い出があります。さらにこの年初めてコンチェルトにも挑戦し、音大生ソリストを招いてドヴォルザークのチェロ協奏曲取り上げました。規模の大きい交響曲とアンサンブル力が試されるコンチェルトをいきなり平行して練習する半年間は、団員の技術に大きく貢献したと思います。この演奏会を何とか乗り越え、案外挑戦してみれば何とかなることが分かり、翌年の第5回演奏会で念願のブラームス第1番を取り上げることを、打ち上げの場でいきなり決めて(ほぼその場のノリで)発表しました。第5回のサブ曲は前回同様、音大生ソリストを招いてラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を取り上げました。またメイン曲のブラ1は、オーケストラ設立の際中心にいた団員の念願曲だったこともあり、練習にかなり熱が入っていたことを思い出します。ブラームスのようなドイツ音楽は、1つ1つの音をしっかりと鳴らすことが重要になるため、オーケストラとしての音作りを中心に練習を重ねていきました。かなり曲作りに苦労した半年間でしたが、演奏会が終わった後団員の顔にやり切った顔が見られたことが印象的でした。この2回の演奏会によって、シュロスの演奏技術にある程度まとまりができ、団員の自信にもつながったように感じます。演奏技術の向上を考慮した選曲で、オーケストラのまとまりを作ることができた体験でした。

オーケストラとの相性

 前述の通り、アマチュアオーケストラと一言で言っても、母体となる大学や中心となる人によって、オーケストラごとの特色が大きく異なることが特徴です。例えば、マーラーなどの大曲を毎年演奏するような大規模オーケストラ、モーツァルトなどの古典を中心とする少人数オーケストラ、同じ作曲者の曲をやり続けるオーケストラ、一部のトップ奏者が全体を引っ張っていくオーケストラ、金管楽器が特にうまい、弦楽器が特にうまい…などなど、様々な特徴があります。ではシュロスの特徴は何かと言えば、…指したる特徴がないのが特徴でしょうか。「音楽を極める」や「高みに挑戦」のようなガツガツした団体ではありません。誰かが全体を引っ張っていくような、いわゆる「スター奏者」も存在しません。気の知れた仲間たちと一緒に楽器ができて、「みんなで一緒に演奏会に向けて頑張っていこうね」という雰囲気がする団体です。そのため、一部の奏者が活躍するようなソロが多い曲は不向きですし、現代曲のような曲の構成が分かりづらい曲も不向きと考えていました。

 7回の演奏会では、ベートーヴェン、ブラームス、チャイコフスキーなどをメイン曲に選んできました。特にベートーヴェンやブラームスのドイツ音楽は、「頑張って練習すればちゃんと成果が出る」点で、オーケストラの技術面の向上に寄与できたと思いますし、奏者人気も高かったため、シュロスとの相性がいい作曲者でした。しかし、意外に良かったと個人的に思った曲が、第7回で取り上げた「モーツァルト:フルート協奏曲」でした。ソリストにオーケストラと初共演の音大生を迎え、古典音楽特有の難しさがあるモーツァルトを、アンサンブル力が試されるコンチェルトで演奏するという、シュロスにとってはかないハードルの高いものと想定していました。ですが、練習を重ねていくうちにだんだんしっくりきて、シュロスと古典曲との相性が意外にいいことが判明しました。これまでベートーヴェン以前の古典曲を取り上げたのは、第2回の「モーツァルト:交響曲第40番」のみで、私がトレーナーに付く前だったため、あまりオケとの相性については気にしていませんでした。しかし、フルート協奏曲を演奏して、シュロスの良さがこれまでで一番出たのでは、と思った演奏ができたと思います。これを踏まえて、シュロスが活動を再開したときは、ハイドンやモーツァルトなどの古典音楽を積極的に取り上げつつ、実力向上のためのドイツ音楽も平行して取り上げていこうと思っています。

 私個人的にはバッハ、ハイドン、モーツァルトのような古典音楽が大好きで、学生の時、周りの友人が、「チャイコフスキー!マーラー!」と言っていた頃に一人だけ、「バッハ!バッハ!」と言っていて、周りをドン引きさせていたところもあります笑。シュロスが再開した暁には、徐々にシュロスを古典オケにしていけないかと目論んでおり、個人的な好みを少しだけ展開させてもらいました。

 長くなりましたが、以上の4点を考慮して選曲していました。ただ、最初から全てを分かってできていた訳ではなく、何とか目の前の大好きなオーケストラをいいものにするにはどうしたらいいか、試行錯誤を続けながら自分なりに走りながら考えてきた内容です。今回初めて文章としてまとめましたが、シュロスのような小規模オケから、大曲もできる大規模オケまで応用できることはあると思うので、少しでも参考となれば幸いです。

 次回は、「トレーナーの役割」について書いていきます。

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